歌謡組曲「愛」

 歌謡組曲「愛」(昭和41年10月20日発売・SS181)は、昭和41年の第21回芸術祭(国内盤、大衆歌曲の部)参加作品。キングレコードでは、横井弘構成・作詞、小川寛興作曲・編曲・指揮、倍賞千恵子歌唱というゴールデントリオを抜擢し、芸術祭にこの17cmステレオレコードで出展していたのです。私も最近まで歌謡組曲「愛」はほとんど知りませんでしたが、古レコード店でこのLPを(なんと500円で)購入できたのでじっくり聴くことができました。何回か聴くうちに親しみを覚える曲ばかりです。ちなみにこの年のレコード部門の芸術祭賞は日本ビクター社の「武満徹の音楽」に対して与えられているようです。今でも芸術祭は文化庁中心に続けられているようですがほとんど話題になりませんね。
 芸術祭参加作品だけあってこのLPには、歌謡組曲「愛」の芸術祭、国内盤、大衆歌曲の部 製作意図という解説がついていますので、以下に抜粋させていただきます。


キングレコード株式会社
○このスタッフを選んだ理由・・・"愛"が人生のドラマであるならば、ドラマチックな表現が出来、しっかりした歌が歌えることが第一条件。次に、大衆にアッピールする、若い歌手であることが第二条件 そして又、芸術祭参加作品でもあることから、ある程度品のあることを第三の条件にしました。これらの条件から慎重に検討して白羽の矢を立てたのが歌手であり、女優でもある倍賞千恵子です。
 作曲は、昨年度「さよならはダンスの後に」でレコード大賞作曲賞を得た、品のある前向きの作風で定評のある小川寛興氏に決まりました。作詞は、小川寛興と数多くコンビを組み、倍賞の最初のヒット曲「下町の太陽」の作詞者である横井弘氏に依頼しました。横井氏なら、そのキャリア、作風から我が社の考えを充分に受け入れた作品を書きあげてくれるだろうと、全幅の信頼を寄せたのです。
○製作まで・・・横井、小川両氏と担当ディレクターは今年(昭和41年)の五月二日、大阪フェスティバルホールで開かれた、倍賞千恵子の労音をのぞきに行き、最近の歌手倍賞千恵子と大衆との結びつきを、目の前で聴きながらこの構想をねったのです。たまたま、歌手としての第一回リサイタルを六月二日にサンケイホールで催すと聞き、まずはこの意欲作品をその舞台にかけて反応を見ました。
 彼女もこの舞台で歌いこんだことが自信となり、吹き込みは苦もなく終わり、リサイタル当日は会場録音をしていた関係でミキサー、バンドもほとんど同じだったためすべての点で、気がるに終わりましたが、歌謡曲とはいえ、歌手がよく歌いこんでから録音すべきだと痛感しました。

  構成・作詞者 横井弘
○テーマに"愛"を選んだ理由・・・大衆にとって一番身近であり、人生、生活に大きなウェイトをもつものは恋愛です。 そこで私は、テーマを"愛"として一人の平凡な女性が異性に対する愛にめざめ、愛に傷つき、それでもなお、愛を求める姿を描くことにしたのです。
○構成の説明・・・恋愛の出発から終局の間に誰もが経験する事がら、心理状態を"芽生え""献身""怖れ""失意"の四章に分け、そして失意のままで終わることなく、なお愛に生きて欲しいという作者の希い"賛歌"を加えた五章としました。 なお、劇的盛り上がり、演奏歌唱上の効果を考えて、恋愛の進行順に詩を配列することをさけ、恋愛の終わった場面"あし音−失意"から始まり、過去の回想に入り"なぜかしら−芽生え""私にできること−献身""もしも−怖れ"を経て、"悲しみよありがとう−賛歌"に至る構成としました。

作曲・編曲・指揮 小川寛興
○作曲について・・・日本における歌謡曲は従来、歌詞のもつアクセント、及び和声進行は無視されがちでしたが、この組曲"愛"では和声はもちろんのこと、出来るだけアクセントに忠実に作曲し、美しい日本語の響きとなるよう心がけました。

歌賞者 倍賞千恵子
○"歌唱"曲について・・・いろいろな恋心をテーマにした五曲からなる組曲"愛"をいただいた時、以前から私が心ひそかに歌ってみたいと望んでいたものだけに、大変意欲を燃やし、それぞれの曲の「心」をいかに歌い上げようかと考えました。歌詞を暗記するほどよく読み、そのなかに隠された感情をつかもうと私なりに考え、いろいろと歌ってみました。

各章のねらい
曲名 構成・作詞者 作曲・編曲・指揮 歌賞者
横井弘 小川寛興 倍賞千恵子
"あし音
−失意"

ボレロ(ト単調)
恋人の去って行く足音。それは恋愛が去って行く足音でもあります。偽りの愛であった、とあきらめようとしながらも、抑えきれない悲しさをうたいました。 冷たくなって去って行く男の足音。空虚とたかぶりの交差する心を、ボレロのリズムによって表現し、ビオラ、セロのユニゾンによる前奏は、打ちひしがれた失意の女のテーマとしました。(後略) 失恋の唄なので、いつもなら悲しみをそのまま歌い上げてしまうのですが、この曲は逆に心の奥底に秘めた悲しさをしみじみと訴えるよう静かに歌ってみました。
"なぜかしら
−芽生え"

トロット(変ロ長調)
はじめて好ましい人にめぐり逢った女性が、そのために心の変化、生活の変化を感じ、はじらいながらも喜びにひたっている状態をとらえました。 乙女のやさしさと清潔さに重点を置き、旋律もなるべく跳躍を避け、音階的に作曲しました。 乙女の淡い恋。初恋の思い出をなつかしむように、きれいにまとめました
"私にできること
−献身"

ワルツ(変ロ長調)
誠意をつくして愛したい、そして愛されたい、恋人の生活に同化したいと願う女性特有の心理描写です。 この組曲中の唯一の甘美な曲にするため、ワルツにし、楽器構成もストリング・セクションを充分生かすような編曲プランをねり、第二曲目の"芽生え"とは反対に旋律を跳躍させるようにしました。(後略) 前半の慕情を甘く、単調に転調するところは、誠意をみせるように、後半を又慕情で静かに甘く歌ってみました。
"もしも
−怖れ"

タンゴ(ハ単調)
独占欲が強くなればなるほど、それを失うことへの不安も大きくなるものです。相手の愛情に疑問を感じ、些細なことにも傷つきやすくなった心を描きました。 疑惑と不安の波紋が、強く弱く広がってゆく。この心理を強調するのなら、タンゴが最適ではなかろうかと考え、作曲しました。歌い出しは強い不安を描くため、スフォルザントにし、なお印象づけるため(・にしました。展開部の四個の最終音「どことないかたさが」は f のリタルダントとし、感情を高める効果を狙い、歌の最終部「もしも」を p にしてこの曲をまとめました。 歌い出しのところで、不安を強調するために強くリタルダンドして歌い、最後の「もしも」では小さく、その不安を打ち消そうとする女ごころを表現出来ればと余韻のようにしてみました。
"悲しみよありがとう
−賛歌"

ロック(変イ長調)
恋愛は破れました。しかし、絶望に溺れていてよいはずはありません。一時的に愛を見失っても、愛を否定することもなく、一刻も早く失意から立ちなおって欲しい。そうした希いを、女性自身の内側から生まれた言葉として結びました。 この曲は終曲なので全体のまとめとするため、歌にスケールが欲しいのでいろいろと考えましたが、イタリアンロックのカンツォーネ風を採用しました。旋律もその意味で跳躍を随所に使わず、効果のあると思われる箇所のみにしました。 失われた恋を人生の糧として、希望を持って強く生きるように、のびのびと力強く歌い上げてみました。



 音楽技術の詳細については私には?のところもありますが、各人が意欲を持って組曲「愛」にチャレンジしているのがよくわかります。今では歌謡曲冬の時代といわれていますが、レコード界が儲け優先主義に走ってこのような挑戦を忘れてしまっているのがなんとも残念です。

 
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