倍賞千恵子の日本の詩
さくら貝の歌
昭和46年6月1日(1971年)発売 SKK-680 \1,500
▲第1面▲ |
▲第2面▲ |
1.さくら貝の歌 |
1.赤とんぼ |
土屋花情作詞,八洲秀章作曲 |
三木露風作詞,山田耕作作曲 |
2.かあさんの歌 |
2.あざみの歌 |
窪田聡作詞,作曲 |
横井弘作詞,八洲秀章作曲 |
3.ちいさい秋みつけた |
3.花の街 |
サトウハチロー作詞,中田喜直作曲 |
江間章子作詞,団伊玖磨作曲 |
4.忘れな草をあなたに |
4.夏の思い出 |
木下龍太郎作詞,江口浩司作曲 |
江間章子作詞,中田喜直作曲 |
5.雪の降る町を |
5.心の窓に灯を |
内村直也作詞,中田喜直作曲 |
横井弘作詞,中田喜直作曲 |
6.浜辺の歌 |
6.島原地方の子守唄 |
林古渓作詞,成田為三作曲 |
宮崎耿平・妻城良夫作詞,宮崎耿平作曲 |
このLPは新しく始まった日本の詩シリーズの第一作。倍賞千恵子さんがいよいよ本領を発揮し始めたアルバムと言っていいでしょう。このシリーズの解説は大沼正さんですが、この第一集の解説はあまりにもすばらしいので、全文を掲載させていただきます。倍賞さんへの期待があふれ出ています。
倍賞千恵子の日本の詩 大沼正(1971年)
「LP時代来る」だそうである。歌手も歌そのものも、ワン・クール(3ヶ月)たてば次のものに追いつかれ、追い越され、たちまち消えてしまう。本来、芸術品であるべき歌が、プラスチック製品と同様にスクラップを待っている姿は、悲劇というより喜劇に近い。そういえばレコードの原料はプラスチックであった、などと冗談はいっていられない。
LPという保存的な方向で、歌手や歌をたいせつにするやり方は大歓迎である。現在のように目先のヒットばかりに血道をあげていたのでは、ベテラン歌手は出る幕がなくなるし、良質の歌は埋没してしまう。そのヒット曲、歌手にとって果たして必要なものだろうか。長い目で見て、ヒットがないということは、歌い手に不幸なことだろうか。
『下町の太陽』『さよならはダンスの後に』を当てた倍賞千恵子は抜群にうまい歌手である。「あの音程のたしかさ、日本語の美しさ」と、あるクラシックの歌手は、いまの歌謡畑の歌い手の中で倍賞をトップに推すと、ぼくに語ったことがある。帝劇ミュージカル『スカーレット』の帰路に寄った酒場でのことだ。
オペラ専門の彼は「ミュージカルは、発声の基礎が重要なことはいうまでもない。きょうの舞台で、まずこの基礎を踏まえているのは倍賞千恵子ただ一人だね」ぼくも同感だった。それからしばらく、流行歌の世界の話になって彼は「なぜ目の色を変えてヒット、ヒットと騒ぐのだろう?」と首をかしげた。
「ヒットがなければテレビに出られない。テレビに出なくては情報一本やりのこの世の中から忘れられてしまう」とぼく。「倍賞千恵子もそんなことを考えているのかな」と彼。
倍賞は1970年度、キネマ旬報賞、ミリオン・パール賞、毎日映画コンクールの三つの主演女優賞を一人で獲得した。松竹映画『家族』(監督・山田洋次)では、二人の子持ちの母親役だったが、これは熱演というより完璧な"芸"だった。
そしてあらゆる賞を総なめにした『家族』によって、倍賞は芸術選奨の栄誉に輝いた。「びっくりしちゃって、なにがなんだかわからないの。ともかく嬉しい、だってこの賞とても偉い人ばかりがいただいてるんでしょ。なにかの間違いじゃないかと思いましたわ」映画部門では山田五十鈴、高峰秀子、三船敏郎に次ぐ受賞とあっては「間違いじゃないかしら」という彼女の発言も、なるほどとうなずける。まっすぐな彼女の人柄から、にじみ出た感動ともいえるだろう。
「下町的」「庶民的」「横町を曲がったとき、いつも出くわす顔」といわれて十年、平凡を看板にした倍賞がよくもここまで成長したものと、ぼくは深い感慨をおぼえる。が、素直な唱法ながら決して平凡ではない彼女の歌が、最近聞けないのは実にさびしかった。
そこへ、このLPである。日本歌曲のスタンダード・ナンバーに倍賞が取り組んだのだ。くせのない歌唱、ほかの歌手なら自ら酔ったようにビブラートをつけるところをさらりと歌い流す『さくら貝の歌』、土くさく可憐な、そして素朴さがあふれ、なおかつ女性らしいお色気、つまりおとなの表情をつけた童謡『かあさんの歌』『ちいさい秋みつけた』『赤とんぼ』。
悲しく土俗的な情感をこめた『島原地方の子守唄』どうどうと胸をはっていながら、フレーズのすみずみまで神経が行きとどいていて、伸びのあるフォルティッシモの『忘れな草をあなたに』『雪の降る町を』『夏の思い出』『あざみの歌』、リリカルな弱音『浜辺の歌』、明るい軽快なテンポの『花の町』、ストレートに歌い上げる『心の窓に灯を』
すべて倍賞千恵子そのものの歌である。彼女の歌歴は長く、映画女優をはるかにさかのぼる。小学校時代、児童合唱団に籍を置き、童謡のレコードを出している。中学から松竹歌劇団(SKD)へ、倍賞が入団したころのSKDは訓練の厳しさ仕事の激しさにおいてピークだった。ダンサーたちは、全20景ほどの大舞台(四季の踊り)を、一人で四、五景受け持ち、衣装替えの時間すら極度に短縮させられていた。
ぶっこわれそうな国際劇場の古いエレベータに、汗みどろですし詰めになった踊り子たちをぼくはよく見かけたものだった。そん中で、最優秀生で抜擢された倍賞は幕間の寸暇を惜しんで歌のレッスンに励んでいたという。
このLPはそんな根性と、企画がぴったりしたものと思う。倍賞千恵子そのものの歌とは、彼女でなければならない『さくら貝の歌』であり、『雪の降る町』なのである。LP時代のLP歌手、倍賞千恵子の今後の歌に、こんなことばを贈りたい。「ヒット曲はないけれども」。